私が30代の中盤以降
クライアントさんに誘われて
初めて参加したフルマラソンは
東京マラソンが無かった頃
日本最大の市民マラソン
それが
当時
2万人以上の規模の
那覇マラソン
沿道の方々からの声援や
差し入れ
ゴールした後に
メダルを掛けたままの
いろんな店に行ったら
ほんと
いろいろの
フィニッシャーへの待遇
次の日
足を引きずって歩いているだけで
色々な
声がけ!
それが
私にとって
姫路城マラソン開催を目指した
原点の
那覇マラソン
2年目だったかな?
3年目だったかな?
とある組織の若手さんから
ゴール後すぐに
携帯に連絡
姫路城マラソン開催を目指したい!
そんな取り組みをしたい!
という
とある組織の
知らない若手さんからの誘い
私が
たった今ゴールした
こんな那覇マラソンみたいな大会を
目指すなら協力する!と
顔も知らない若手さんに
アナログ携帯に連絡があったので
そのまま返事。
そんなはじめての沖縄時代に知り合って
帰りの空港まで
お土産を持って来てくださった
今は
タクシードライバーをされてる人と
今でも
お付き合いが
続いています。
以来
私が参加した時は
必ず
ゴール後
とある場所で
ブルーシートを敷いて
呑み食いする
宴会場を設定して
待っていていただいた人。
そんなこんなで
とある催事
那覇マラソンの
奥武山競技場合に
入場出来るのが
制限時間の6時間15分
姫路城マラソンでは
制限時間が6時間じゃ無く
大手門が閉まるのが
6時間にして欲しい!
私の希望
その後は
ゴールするまでは
普通は
ウイニングラン!
那覇マラソンの最後
見せ所
人の鎖で
ゲートが閉まりますが
それを
くぐり抜けた方々は
ウイニングラン
&
どんな姿でもゴールを目指せます。
地元テレビでは
安心して
脚がつって
這いずりながら
ゴールする方々の姿も!
今回の私の取り組み
沖縄セルラースタジアムの側
制限時間内に奥武山競技場に
入れたけど
その後
ウイニングランとおもいきや
足がつりまくって
あと300mが
遠すぎる!そんな状況を
なんとか
ゴール手前まで
到達
今回の取り組みは
そんな状況
そんな取り組みは
何かって?
それは
また
明日。
私の目指す所には
那覇マラソン
沖縄の方々との
今でも続く
お付き合いが
あります。
それが
チャレンジする時の
元気印!
その時から
沖縄から
元気をもらっておます!
高い壁があるほど
なんやかんや
その後
いろんな人と繋がって
助けてもらって
なんやかんや
壁を超えたら
力強い
助言をいただける
人々が現れて
また
助けていただいて
巻き込んでしまった
方々から
また
助けていただいて
何故か
そのあと
急に
楽になる。
姫路城マラソンを目指した
那覇マラソン
そんな方々との繋がりが
私の原点!
posted by 嶋津 眞治 at 21:27|
姫路城マラソンに繋がった那覇マラソンへの道