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社長のブログ

2020年02月16日

雨の名前/父親の縁が繋げてくれた雨。

野良仕事が出来ない雨の日

何をおもったか?

ふと
学生時代から近くを通過するだけで

訪れた事が無かった

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備前長船刀剣博物館へ。

到着と同時ぐらいに観光バスも到着

混んでる館内は嫌なので

先に
別棟の職人さんの実演コーナーへ。

そこの

柄巻師さんもちょうどお客様が途切れたタイミングで

遅いお昼ご飯時

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おにぎりを食べようとされていた。

「これだけ食べさせて、その後いろいろ説明するから」と

「今日は、何処から来たん?」と

たつの市です。

と答えると

「龍野の何処?佐用出身で定年まで大手製鉄会社に勤めていたから
詳しいで」と。

場所を説明して名前を名乗ったら

「同じ苗字で、知ってるんわ、何々の誰々兵衛」と

びっくりしたけど

私の父親の名前。

父親より6歳ほど歳下で
同じ大手鉄鋼会社で働いてはったそうだ。

マスクをとつた顔をみて
「親父さんに似てるわ」と。

手にしていたコンビニのお握りを剥ききらず
雑談開始。

大手鉄鋼企業に勤めながら

40歳の頃
職人の道を模索したそうだ。

最初は、鞘師になりたくて

私の知ってる姫路の鞘師さんの門を叩いたが

とある理由で門前払い。

此処の博物館を訪ねて

いろいろ勉強会やらを紹介していただいて
柄巻師の師匠に出会ったとか

その後

専門職の勉強や研修会に参加する為
休みを取ったけど

会社では、いろいろ上司からいわれながら

大手鉄鋼企業を定年まで勤め上げて

今では
柄巻師が本職とか。

40歳の頃がスタートなので
この道30年以上。

私が
とある新聞の
リストラに勝つ!という
京都の職人さんの記事を読んで触発された

これからの時代

伝統工芸や職人仕事は
そうであって欲しいと考えてた生き方を実践されてた方。

私達の父親世代は
必死に働いて、休みの日は兼業農家で頑張って
私達を育ててくれて

定年退職してから

趣味も無くする事が無く

燃え尽きたけど

40歳の頃職人を目指した
鞘巻師さんは

今では
息子に家をやって大阪で暮らしてると笑ってはった。

見た目
年齢よりまだまだ若いですよね。

そうそう

この方の御子息さんが

今では
佐用で有名な刀剣師さんらしい。

山崎の木の職人さんも
きっと
親戚なんでしょうね・・・。

そんなこんなで
岡山で大学生の頃

姫路から岡山へ移り住んで
日本刀に彫刻する職人のドキュメンタリーを観た。

父親に弟子入りして
若い息子がはじめて仕事をおさめるまでの番組

触発された。

バブル終焉前のあの頃
媒体には予算があったので

文化や伝統工芸、職人にもスポットを当ててました。


伝統職人やそんな番組、記事などに興味がありました。

その頃
此処を訪れていたら
また私の
人生が変わってたのかもしれませんね。


posted by 嶋津 眞治 at 19:15| はりまの匠番外編
プロフィール

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名前
嶋津眞治
夢想夢走
姫路城マラソン大会を応援しています。
出身地
兵庫県たつの市
自称成功仕掛人
クライアント様のテーマを追求します。
学 歴
龍野西中学校 サッカー部
相生高等学校 サッカー部
岡山商科大学 商学部
週末の過ごし方
アグリカルチャー
12月第1日曜日 開催那覇マラソン(42.195q)毎年出場
サッカーチーム:
ビトーリアFC OB (チームも無いです)
相生ぺーロン:
ログススタッフ
サーフィン:
3年近く、海に行ってません。

姫路商工会議所青年部会員
姫路大手前ライオンズクラブ会員

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